“もう大丈夫です”だけじゃ伝わらない 〜子どもの通院で気づいた、SEにも必要な“説明力”〜

雑多

はじめに

※本記事の一部コンテンツ(文章・画像)はAIの支援を受けて作成しています。

子どもの通院での出来事から、「説明されることの安心感」について、改めて深く考えさせられた。これはシステムエンジニアという仕事においても、決して無関係ではない。

小児科と耳鼻科、それぞれで診てもらった子どもたち。どちらの先生も技術的にはしっかりしているのだろう。しかし、受けた印象はまるで違った。そしてその差は、「説明があったかどうか」に尽きる。

これは、普段のSEとしての私たちのふるまいにも重なる話だった。そんな気づきを共有したい。

病院での体験:安心と不安の分かれ道

小児科:説明から生まれる安心感

長男を連れて、かかりつけの小児科へ。湿疹がひどくなったので、以前もらった薬を再度処方してもらう目的だった。

診察では、症状について細かく確認してくれた。

  • どこが一番ひどいか
  • 家での様子はどうか
  • 前回の薬の効き方

「薬は切らさないように」とのアドバイスに加え、子どもに対しても「痒かったの?」「掻いちゃだめだよ」と優しい声がけがあった。

些細な言葉かもしれないが、この丁寧な確認と説明が「ちゃんと診てもらえた」「ちゃんと見立ててくれた」という安心感を与えてくれた。

耳鼻科:説明がないことの不安感

その後、長女を耳鼻科へ。こちらは評判があまり良くないと聞いていたが、過去にも同じ症状で診てもらっていたため、取り急ぎ連れて行った。

診察はスムーズに進んだが、会話らしい会話がほとんどない。

  • 自分から話しかけないと説明が始まらない
  • 終わりの言葉は「もう大丈夫です」だけ

何が原因だったのか、本当に大丈夫なのか、どこまで治療したのか。こちらが知りたかった情報は何も得られず、結局「自分で察する」しかなかった。

エンジニアにとっての“説明”とは

ふと、医師の立場をSEに置き換えてみた。

我々が顧客や上司、同僚に向けて仕事の進捗やトラブルの報告をするとき、同じようなことが起きていないだろうか。

「もう直りました」「対応しました」

たったこれだけの報告で、相手は納得してくれるだろうか。

エンジニアとして働くうえでの“説明力”の話

説明力とは、決して難しい専門用語を並べることではない。

  • どんな問題があったのか
  • どこまで確認したのか
  • どう対応したのか
  • 今後の注意点はあるのか

これらを“相手の目線で”説明できるかがカギだ。

小児科の先生はそれを自然にやっていた。耳鼻科の先生は、それを怠っていた。

技術力があることと、信頼されることは別物だ。

自分も昔は“説明不足なエンジニア”だった

若いころの自分も、似たようなことをしていた。

  • 「説明しなくても分かるでしょ」
  • 「技術を知らない相手が悪い」

そんなふうに考えていた。

でも今ならわかる。

説明とは、「信頼されるための技術」でもあるのだと。

おわりに

日々の業務に追われていると、「もう大丈夫です」だけで済ませてしまいがちになる。

でも、それでは相手の不安は拭えない。

今日の病院の一件で、「説明することの力」を改めて実感した。

顧客や同僚に安心してもらえるSEでありたい。

たとえ忙しくても、ほんのひと言でもいい。

「どこを見て、どう対応したか」

それを伝えるだけで、安心感と信頼感は大きく変わるはずだ。

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