運営者プロフィール

基本情報

40代後半男性。20代の妻、1歳の息子と3人暮らし。まもなく2人目の子供が誕生予定です(2022/6/22 追記:おかげさまで娘が生まれました)(2025/1/24 追記おかげさまで息子が生まれました)
1人目の子供誕生後に男性としては珍しく育児休暇取得。家事育児に奔走していました。

仕事は派遣型のシステムエンジニアを10年以上続けています。主にJavaのWebシステムの要件定義~設計・実装がメインの仕事で、インフラ系ではとある会社のサーバーメンテナンスも請け負っています。LPIC Level2、CCNP、応用情報技術者など取得した資格の範囲も広すぎてもはや何がやりたいんだか。。。

当ブログでは、年の差夫婦の話と育児の話、仕事で得たシステムンジニアの知識を投稿します。

ブログで投稿する話を通じて、ちょっとした問題解決のお手伝いをしたり、育児経験でよかったこと失敗したことなどを共有したり、ひいては、みんなの幸せのお手伝いをしたいと思っています。

つたないブログ運営ではございますが、よろしくお願いします。

20歳ほどの年の差婚

コンスタントに恋人はできるが、長く連れ添った恋人と一緒になろうとした時、俺の職業がフリーターであったり、職があっても収入に不安があったり、たまたま仕事が忙しい時期で冷めてしまったり、もろもろの理由で結婚に至るまでの決定打がなく独身生活を続けていた。40代に突入しても結婚できず、半ばあきらめていたころ、職場の仲間と結婚する。

俺はあまり外交的なタイプではなく、どこかに出かけて遊び先で恋人を見つけるなどという芸当は到底無理で、身近な人と恋に落ちることが多い。皆が面倒くさいので無理だという職場内恋愛もよくある。結婚に至った今回も2年ほどの職場内恋愛が実った結果だ。

職場のメンバーには秘密にしており、ばれないように行動していたが、実はみんな関係に気づいていたらしい。酔いつぶれた彼女を社員寮まで送って行った時に自信が確信に変わりましたとか、毎日食堂で隣り合わせでスマホゲームをしているのを見て自信が確信に変わりましたとか、行動や雰囲気のなんやかんやでばれるので職場内恋愛をしている人は是非注意してほしい。

育児休暇

育児休暇を取った。正直に言うと、育児をせねばならぬとか、まるで考えていなかった。

育児なぞ1日数時間のルーティンワークでしょ、むしろ長期休暇でだらだら怠惰になってはイカンと、仕事で使う技術の習得などのため「育休中にやることリスト」を作り、今までやりたかったことをまとめたうえで育休に突入した。ちょっとした長い余暇をとるつもりだったのである。大学を卒業してから20数年、この仕事についてからも10余年、働きづめに働いた。ちょっとくらい休暇を取ってもよいではないかとか都合の良いことを考えていたのである。

育児休暇が終わった今、俺はまるで違う人間になったようだ。
育児を通して成長と言っていいのか、方向転換したといっていいのかよくわからぬ。ただ良い方向に進んでいるのは違いないようだ。子供も嫁も毎日楽しそうにしている。
初めての体験であった育児休暇であったが、ここまで嫁子供に尽くさねばならぬのか、嫁がもっと頑張れば良いのではないか、と恨み言も言いたくなる毎日であった。だがしかし、自身で選んだ道である、できるところまでやってやろうと、発憤興起、粉骨砕身、廃寝忘食、鬼舞辻無惨の日々であった。

フリーター

なれそめ

関西の有名私大などを1浪した末に合格。そして学校・学部の中では偏差値がもっとも低い、そして就職のあてもままならぬ文学部に入学した。予備校代や受験料や交通費などすべて親頼みだというのに、まったく親泣かせであるが、それだけにとどまらず卒業後就職せずにフリーターになった。

高校時代の仲間とバンド活動をしていたのであるが、大学在学中に日本ロック界のレジェンドと言って良い人物から君たち才能あるねと認められたことに自信を持ち、音楽活動で飯を食おうと思ったのである。

ところがいくら活動しても結果がついてこない。今から思えば努力が足りないとか行動がたりないとか、努力の方向性が違っていたとかいくらでもいえるが活動していた当時はわからなかった。

素朴な土臭い音楽性が評価されていたのにメタル系のギタリストをサポートメンバーに入れてみたり、練習でまるでうまく行かないことをぶっつけ本番でやってみたり、高い楽器を買えばやる気がでるかも知れぬ、プロはやはりいい楽器を持たなければと60回払いで高い楽器を買ってみたり。ほかにもいろいろあるが今思い出しても顔が赤くなり冷や汗ともなんともわからぬ汗が出る。

夢だけ語って、時間があればできるとか、プロはこうあるべきだとか、高い楽器さえあればできるとか、能書きをたれるだけで行動が追い付かない、悪いことがあれば他人のせいにする世間しらずな若者であったわけだ。これではやはりうまく行かない。

なれはて

プロデューサーから君たちもう面倒見切れないと言われ、その後に至っても未練がましくずるずる音楽活動を続けていたが、親が病に倒れたのをきっかけに、親兄弟からも今後何かあってもあなたの面倒見切れなくなるかも知れないと言われ、悩んだ末に音楽活動は辞めてしまった。

残ったのは楽器のローンと、大学卒業後10年近く無職の経歴、フリーター時代に延々続けていた飲食店アルバイトで得た調理技術だけであった。やりだすといろいろ気になる性格の俺はアルバイトながら調理の技術を、現場の料理人に聞きまくり、自分でも実践して食うには困らない程度の技術を身に着けていた。

音楽活動をあきらめた際に俺はいったいどうすれば良いのだろうかと考えた。
調理経験を生かして飲食業界に就職するのもよいであろうが、よくよく考えてみると俺は食べることに執着がなかった。必要最低限お腹がみたされれば満足するのである。

おいしい料理を作って人に食べさせて喜んでもらいたい気持ちはあるが、自分でおいしいものを積極的に探し出して新しい食の出会いを探す、という気持ちはまるでないことに気が付いた。これはではイカン。プロの料理人たるものは食にうるさく、食べ過ぎて胃を悪くして痩せているか、太って腹が出ているものだろうと思い込み、料理人の道はきっぱりあきらめてしまった。

はたまたプロはこうあるべきだ、などと言う頑固な思い込みから経験豊富な職種から足を洗ってしまった。残る特技はパソコンのみだ。実はバンドを始める前は学校の部活動でコンピューター部に所属しておりプログラミングの知識がそこそこあった。今度はそれを生かそうと実家に戻り、転職活動に勤しんだ。

いくらプログラミングの知識があったとしても、10年以上フリーターをやっていた人間にほいほい内定を出すほど世の中甘くない。転職サイトやハローワークから様々なIT企業で面接を受けたが落とされてばかり。数十社面談を受けたが一つも通らなかった。

ハローワークで知った職業訓練コースでネットワークの講座に通い、CCNAやCCNP、LPICLv1などの資格を取得したがあまり効果はなかった。30代の転職はやはり資格というより実務経験が必要なのかもしれない。1年以上無職が続きいい加減嫌になっていたころ、なんとビックリ急に2社から内定をもらった。

面談を申し込むときにあまり深く考えていなかったがいずれも小規模な会社。ちょうど人を増やしたいところで入社のボーダーラインが低くかったのかもしれない。タイミングとか縁とかそういうもんだなと思い、より納得感が強かったIT業の会社に入社した。これで晴れてプログラマーとかシステムエンジニアとか呼ばれる職業に就いたのである。

家庭のこと

家事

家事は得意な方である。なんといっても家事のおける最大の課題である料理が得意だからだ。フリーター時代に培った調理技術があるのだ。

女性からはあなたが料理出来すぎるから、とてもではないが手料理は食べさせられないとよく言われる。また必ずしも好きで料理をやっているわけではないのだが、自分がやったほうがてっとり早いので毎日ご飯を作っていると、同棲していた女性からは料理好きと勘違いされ誕生日プレゼントに圧力鍋をプレゼントされたこともある。

今でも朝食は俺が作ることが多い。育休中は朝昼晩の3食と、子供の離乳食もすべて俺が作っていた。食事の買い物、調理、後片付けはやはり家事の大半を占めるので、嫁は助かった、産後の辛い時期をうまく過ごせたとテレビを見ながら言っていた。

育児

育児は最初どうしてよいかわからなかった。泣いた時どうすれば良いのか、オムツの替え方はどうすれば良いのか、オムツのテープを止める時に窮屈ではないか緩すぎないか、ミルクを飲ませた後どうしたらげっぷをうまくしてくれるのだろうか、熱が出たらどうしたら良いのか、子供に関するすべてがわからなかった。

いままで甥っ子の面倒を見たことはあるが、3歳児くらいのある程度意思疎通ができる子供で、それも自分の時間が無くなるので嫌だと避けてきたので、子供について何もわからぬのは当然である。

しかし、わからぬわからぬと俺はいったいどうすれば良いのかと言っている間にも子供は泣き、オムツの隙間からうんちが漏れ、オムツ交換中におしっこをまき散らされ、げっぷをさせようと抱っこをすればミルクを吐き戻され、泣き声がうるさい虐待しているんじゃないかと近所に通報され、つかまり立ちをしておればひっくり返って頭を打ち、深夜に眠い目をこすりながら作った離乳食は手も付けずにひっくり返され、といろいろやっているうちにもはやどうでも良くなった。

どうでも良くなったっていうのは、やや語弊があるかもしれぬが、良い加減がわかった来た、ということである。怪我や事故に気を付けていれば必要最低限良くて、それに加えても子供は大したものを求めていないんだな、愛情と離乳食、日々の遊び楽しみが必要なんだと、だんだんやり方がわかってきた。ネットで調べたり、考えたりしたことも多いがやはり、習うより慣れろ、である。

職業はシステムエンジニア

バックエンドの技術

俺の職業はシステムエンジニア。

システムエンジニアにも種類があって、俺は大手の元請け企業に出向して仕事をする派遣タイプのエンジニアをやっている。フリーランスではなくとある企業に所属している平社員である。

技術的にはバックエンドの技術(サーバー側)を得意としており、JavaのWebシステム構築が主なお仕事。Java以外だとC言語やVB.netやPHPなど業務で扱った言語は様々。

最近ではpythonでAIのアプリを作ろうと関連技術を学習中だ。ところが歌は世につれ世は歌につれ、AIは忘れ去られWEB3などと世間は言う。ブロックチェーン技術だ仮想通貨だメタバースだなんだとか。俺はいったいどうすれば良いのだろう。

フロントエンドの技術

フロントエンド(ブラウザ側)の技術はほとんど無い。

Javascriptについてはかつてはプログラマーの作業だったのでそこそこできる。難易度高い仕事だとjQueryのカスタマイズやとあるライブラリのプラグイン作成の仕事をやっていた。

HTMLやCSSについても業務システム構築に困らない程度(進捗遅れにならない程度に)にコーディングできる。ところが歌は世につれ世は歌につれ、JavascirptはES5,ES6あたりから大きく変わり始め、HTMLもバージョン5になり、だんだんついていけなくなった。

ブログ構築にあたっても、デザインやコンテンツ制作、SEOなどはまったくの未経験。すべて一から勉強である。このブログもドメイン取得~サーバーレンタル~Wordpressインストールなどは仕事で構築経験があるので、ものの数十分で終わったが、さてテーマを適用するかとか、プラグインいれるかとか、サイドバーの「最近の投稿」のフォントサイズを小さくするかとかは全く進まぬ。俺はいったいどうすれば良いのだろう。

SES契約

システムエンジニアの契約のタイプで分けると、いわゆるSES契約と呼ばれる形態で仕事をしている。SESといえばエンジニア業界ではやれブラック企業の巣窟だとか、やれSESに未来はないとか、やれ人身御供だとか、やれ貧乏暇なし薄給激務新3Kだとか、およそ楽しい話は聞かない。10年以上この業界にいるが、若干噂に尾ひれがついているなと感じつつ、所属する企業次第ではありうる話だなと思っている。ただ薄給は事実である。

薄給に嫌気がさしてフリーランスになろうかと思ったりもするがSES業界で長く生き延びてしまったため、このぬるい生暖かな環境から抜けれられぬ。最近はそこに輪をかけてぬるくなってきた。かつては残業が当たり前の業界であったが、世の中の流れ上残業が厳しく管理されるようになり、稼働も大変楽になってきたのである。
フリーランスになれば営業や単価交渉や契約や経理など全部自分でやらねばならぬ。トラブルを起したらどうなるかとか、仕事が途切れたらどうなるかとか、単価を値切られたらどうするかとか、脱税を指摘されたらどうするかとか、俺はいったいどうすれば良いのだろうかと思案に暮れる毎日である。